蝶の詳細

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モンシロチョウ    
Small White , Small Cabbage White    シロチョウ科

2014年5月24日撮影(佐賀市鍋島町蛎久)

【 学 名 】Pieris rapae crucivora  (Boisduval,1836)【 大きさ 】
【 時 期 】3月~10月(春・夏・秋)【 発生数 】多量(普段から目にする)
【 生息地 】平地から山地の草地
【 内 容 】 唐衣着つつなれにし妻しあれば、
      はるばる来ぬる旅をしぞ思う        伊勢物語
 
 私は旅をしたとき、まず、そこの蝶を見る。自宅の周囲に全く見ない蝶がいると“遠い所に来た”という気分になる。逆に、自宅付近に普通にいる蝶を見たならば、地理的にはどんな遠い所に来ていても、その感じはなくなってしまう。
 モンシロチョウは、ヨーロッパ大陸をはじめ、世界各地に広く分布する。私は、北米でも英国でもモンシロチョウに出会って、がっかりしたことを覚えている。モンシロチョウの原産地は地中海地方といわれ、食草のキャベツに付いて西回り、東回りで世界各地に広がったとされている。
 私は2008年、クロアチアを旅行した時、モンシロチョウを沢山見た。
 江戸時代の終わり頃には、モンシロチョウが日本にいたことが当時の記録や図、あるいは残された標本などから確認されている。それでは、モンシロチョウはいつ日本に来たのだろうか。日本列島には農耕文化とともに、アジア大陸から渡来したという説がある。そうすると、吉野ケ里の人々は、モンシロチョウを見たであろうか?これは興味ある問題である。さて、弥生の昔から現代に戻ろう。
 
 紋白蝶(モンシロ)の花なき芝の海に出づ     耕雲
 
 ウインブルドン九州テニスコート(現在のグラスコート佐賀)を作られた故緒方勝徳(耕雲)博士の句である。テニスコート発足当時に、購入された六千坪の土地に1頭のモンシロチョウが飛んできた。それを見て、博士は自らをモンシロチョウにたとえて、事業家の心境を詠まれた。今日の世界一のローンテニスコート誕生の秘話である。

1992年4月23日撮影(佐賀市鍋島町蛎久)

1992年4月23日撮影(佐賀市鍋島町蛎久)


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