佐賀県三瀬村の蝶補遺


 Ⅰ.はじめに
著者は、1992年4月1日から1993年6月1日までの期間、佐賀県神埼郡三瀬村の蝶を観察し、その結果を報告した。その後も、さらに機会ある毎に、同地を訪問し、蝶の観察を続けた。前回は、主として三瀬村大字三瀬字岸高で観察・採集を行ったが、1994年度は、三瀬村大字三瀬字山中にある脚気地蔵から、金山に至る谷川に沿った道を、主な観察場所とした。しかし、金山頂上付近、および周辺の自然林は調査していない。今回は、著者の両観察記録に文献例を加えて、三瀬村の蝶相を明らかにしたい。
同村は、北は福岡県に接し、佐賀県富士町、脊振村、大和町に囲まれた、広さ40.74㎢の山村である(図1)。役場がある場所で海抜約400m、最高標高は金山山頂で海抜967mである。山に囲まれた村は、比較的平坦な盆地状を呈している。山林の約7.5割は杉林で、自然林は少ない。冬はかなり寒く、積雪をみる日がある。人口は約1,800人の過疎地である。主な産業は農業で、次が林業である。

 Ⅱ.1994年度の採集・目撃記録
1994年4月16日から、同年9月23日までに採集・目撃した種類は43種である(表1)。


図1:佐賀県に於ける三瀬村の位置





 Ⅲ.これまでに確認された種類
文献例を含めて、これまでに確認された蝶の種類は、70種である(表2)。

 IV.考察
 三瀬村の蝶は、金山を中心に、1969年、修猷館高校生物部「以下、修猷館高と略記」の報告2)に始まる。1970年には、佐賀北高校生物部「以下、佐賀北高と略記」が調査を始めて、その結果を報告している。3,4,5)引き続いて、1970年代には、佐賀昆虫同好会「以下、同好会と略記」会員により、積極的に採集・調査が行われるようになった。これらの調査で、三瀬村の蝶は、1970年代の終わりまでに、殆どが明らかになっている。1980年代には、報告は少ない。1993年になって、著者の報告が出た 。以下、特記すべき種について、採集・目撃の報告例を述べる。なお、これらの記録は、同一の採集記録を重複して発表されたものも含んでいる。
 セセリチョウ科では、佐賀県に記録されている全種12種6)が報告されている。ミヤマセセリは、修猷館高(1969)2)、牟田(1974)7)、牟田ら(1975)8)による報告がある。アオバセセリは、修猷館高(1969)2)の報告があるが、西村(1993)1)の報告まで、採集記録に接しない。当地では、珍しい種といえよう。コチャバネセセリは、修猷館高(1969)2)、佐賀北高(1970)3)、佐賀北高(1971)4)、牟田ら(1975)8)、脇部、中島(1975)9)


計70種  *1992~1994年に確認できなかった種類



廣川(1982)10)、西村(1993)1)の報告がある。ヒメキマダラセセリは、修猷館高(1969)2)、山崎(1975)11)、市場(1977)12)、廣川(1985)13) 、西村(1993)1) 、西村(1994)14) 、西村(1994)15) により報告されている。ホソバセセリは、修猷館高(1969)2) 、佐賀北高(1970)3)、佐賀北高(1971)4)、市場(1972)16)、奥山(1973)17)、牟田ら(1975)8)、西村(1994)18) が報告している。これら3種のセセリは、現在、佐賀県全体では、希少な種類となっている 。しかし、1992~1993年の著者の観察1) 、ならびに1994年の観察では、3種とも、三瀬村では、まれでないことが明らかになった。オオチャバネセセりは、市場(1972)16)、市場(1974)20)、牟田ら(1975)8)の報告があるが、1992~1993年の著者の観察1)では、本種を発見できなかった。1994年の観察では、ウッボグサを吸蜜していた本種の複数の個体を採集し21)、写真撮影も行った(写真4)。佐賀県内では、近年、本種の採集報告がみられない19)。本種は、三瀬村では少なくないらしく、今後、注目すべき種である。ミヤマチャバネセセリは、牟田(1974)7)、牟田ら(1975)8)、脇部、中島(1975)9)による採集記録があるにすぎない。
 アゲハチョウ科としては、モンキアゲハが1960年代の終わりから、1970年代の始めにかけて、修猷館高(1969)2)、佐賀北高(1970) 、佐賀北高(1972)3)、奥山(1973)7)により報告されているが2)、著者は全く目撃3)したことがない16)。この蝶は、佐賀8)県内の平地・山地に多い種であるが、現在、三瀬にみられないのが特記すべきことである。ナガサキアゲハも、修猷館高(1969)2)、奥山(1973)17)により報告されているだけである。この蝶も佐賀平野に多い種である。三瀬村では、食樹植物のミカン類の栽培は行われていない。オナガアゲハは、近年、佐賀県内で、非常に少なくなった種である。三瀬村からは、修猷館高(1969)2) 、佐賀北高(1970)3) 、市場(1972)16)、牟田ら(1975)8) 、山崎(1975)11) 、市場(1977)12) 、廣川(1982)10) 、西村(1993)1)の報告がある。本種は、現在、三瀬村に普通にみられる蝶である。ミヤマカラスアゲハは、修猷館高(1969)2)、佐賀北高(1971)4)、市場(1977)12) による報告があるだけで、やはり、まれな蝶といえる。
 ツマグロキチョウは、修猷館高(1969)2)、佐賀北高(1972)4)、牟田ら(1975)8)により報告されているが、著者は、未だ遭遇していない。本種は、その産地が限局しているのが、キチョウと違う点である。
 キリシマミドリシジミは、修猷館高(1969)2)、佐賀北高(1970)3)、佐賀北高(1971)4)、奥山(1972)22)、市場(1972)16)、小林(1972)23)、奥山(1973)17)、牟田ら(1975)8)によって報告されており、金山は佐賀県内の本種の産地として知られてきた。現在の状態が知りたいところである。トラフシジミは、佐賀北高(1970)3)奥山(1973)17)、森(1973)24)、牟田(1974)7)、山崎(1975))11)、牟田ら(1975)8)によって報告されている。現在でも、本種は三瀬村には普通の種である。コツバメは、修猷館高(1969)2)、山崎(1975)11)、牟田ら(1975)8)、吉田ら(1976)25)、西村(1994)26)より報告されている。本種は、佐賀県内では、かっては何処にでもみられる普通種であったが、近年、個体数が著しく減少している種である。クロシジミは、修猷館高(1969)2)、佐賀北高(1970)3)、佐賀北高(1971)4)、市場(1972)16)、牟田ら(1975)8)、古賀(1976)27)、廣川(1982)10)、西村(1993)1)による報告がある。とくに、古賀は同村合瀬林道で、1975年に4♀、1976年に4♀の異常型を採集している。著者は、1992年に正常型を1頭を採集したに過ぎない1)。サツマシジミは、修猷館高(1969)2)、佐賀北高(1970)3)、市場(1975)12)、牟田ら(1975)8)が報告している。著者は前回の観察では、全く本種に遭遇しなかったが、1994年には、同村山中の脚気地蔵付近で多数目撃し、採集した。同地では普通種と思われる。ミズイロオナガシジミは、奥山(1973)17)、奥山(1973)28)、牟田ら(1975)8)、同好会(1976)29)によって報告されている。アカシジミは、坂井(1974)30)、市場(1974)20)、牟田ら(1975)8)、同好会(1976)29)、廣川(1982)10)、廣川(1985)13) 、により採集報告されている。ゴイシシジミは、奥山(1973)17)、市場(1974)20)、牟田ら(1975)8)により報告されているが、著者は全く目撃していない。
 テングチョウは、現在では、当地でよく見かける蝶であるが、西村(1983)1)の報告を除いて、牟田(1975)31)の報告しか発見できなかった。
 アサギマダラは、当地では、普通種である。これまでの報告としては、修猷館高(1969)2)、佐賀北高(1970)3)、佐賀北高(1971)4)、佐賀北高(1972)5)、牟田ら(1975)8)、市場(1975)12)、西村(1983)1)がある。
 タテハチョウ科では、ウラギンスジヒョウモンの記録は、修猷館高(1969)2)、佐賀北高(1971)3)、市場(1972)16)、市場(1974)20)、牟田ら(1975)8)による報告がある。ウラギンヒョウモンは、修猷館高(1969)2)、市場(1972)16)、市場(1974)20)、牟田ら(1975)8)によって報告されている。オオウラギンスジヒョウモンは、奥山(1973)17)、市場(1974)20)、森(1974)32)、牟田ら(1975)8)、西村(1983)1)による報告がある。これら3種のヒョウモン類は、佐賀県では、近年報告が少なく、著しく減少している。とくに、オオウラギンスジヒョウモンは、非常にまれな蝶とされてきた。ところが、著者は1991年に2頭を採集した1)。また、それらしき個体を数頭以上目撃しており、本種は、当地では、まれでないと想像される。これは特筆すべきことである。ヒオドシチョウは、修猷館高(1969)2)、市場(1977)12)、廣川(1982)10)、廣川(1985)13)による報告があるが、最近は見かけない。イシガケチョウは、当地では、現在、ごく普通の蝶であるが、西村(1993)1)の報告を除くと、市場(1972)16)の目撃記録しか見だせなかった。本種は、各地で増加しつつある種であり、当地でも、最近、増加したことが考えられる。サカハチチョウも、当地では、ごく普通種である。これまでの報告としては、修猷館高(1969)2)、佐賀北高(1970)3)、佐賀北高(1971)4)、佐賀北高(1972)5)、江島ら(1973)33)、牟田(1974)7)、牟田ら(1975)8)、西村(1993)1)がある。
 コジャノメは、佐賀県内各地に分布していたが、現在では、産地が限局している。本種の三瀬村における記録としては、修猷館高(1969)2)、佐賀北高(1970)3)、佐賀北高(1971)4)、佐賀北高(1972)5)があるが、1960年代の終わりから、1970年代の初期である。現在では、他地方と同様に、当地では絶滅した可能性がある。ジャノメチョウは、現在では、まれである。西村(1993)1)の他に、修猷館高(1969)2)、佐賀北高(1970)3)、佐賀北高(1971)4)、佐賀北高(1972)5)、市場(1972)16)、牟田ら(1975)8)の報告がある。ヤマキマダラヒカゲは、市場、奥山(1973)34)によって佐賀県から最初に発見された。その後、市場(1975)12)、山崎(1975)11)、牟田ら(1975)8)の報告がある。クロコノマチョウは、これまでの報告にはみあたらないようである。著者は、1994年度に2回目撃したが(表1)、2回とも採り逃がしてしまった。本種は、Melanitis sp.に間違いはなかった。採集してないので、断言は出来ないが、ウスイロコノマチョウの可能性は少なく、まず、クロコノマチョウであると思われる。今後の検討を要する。著者の観察と、1969~1970年代の文献例と比較すると、次の結果を得る。近年、佐賀県内で減少している種は、全般的にみれば、三瀬村でも減少、あるいは絶滅したのではないかと言える。しかし、セセリチョウ科では、ミヤマセセリとミヤマチャバネセセリを除いて、他は、現在でも分布している。現在、平地~低山地に普通なモンキアゲハとナガサキアゲハは見られなかった。これまでに文献的に記録の少ないイシガケチョウとテングチョウは、普通にみられる。自然林が多い金山とその付近は、著者の観察外の場所であったので、キリシマミドリシジミ、ミズイロオナガシジミが、現在も棲息しているか、どうか不明である。今後の調査が望まれる。
 有益なご助言を頂き、文献の収集にご援助を得た、市場利哉氏に感謝する。

文献
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