無視できない虫の話605

虫というもの


1.「虫」と人間

 「虫」は、人間社会に良い地位を与えられていない。“虫けらのような奴だ”、“弱虫”、“虫がつく”などといわれる。さらに、“虫が好かない”、“虫の居所が悪い”、“虫酸が走る”などと、人間の感情を「虫」に責任転化させたりする。しかし、こんなに多くの言葉があるからには、裏を返せば「虫」と人間の関係が深いことを示している。このように、「虫」との関係は一般的には良くはないが、悪いばかりでもない。特に、自然を愛する日本人は「虫」との良い関係を築いてきた。まず、日本の国を“秋津島”と呼んだ。秋津とは、トンボの意味である。田畑の上を悠々と飛ぶトンボは、古代の人びとにとっても身近な「虫」であったであろう。また、日本固有の和歌や俳句にも「虫」が取り入れられてきた。特に、秋に鳴く虫はものの哀れを感じさせる。


庭草にむら雨降りて蟋蟀の

鳴く声聞けば秋づきにけり

万葉集



いとどしく虫の音しげき浅茅生に

露置き添ふる雲の上人

源氏物語



霧ふかき好摩の原の

停車場の朝の虫こそすずろなりけれ

啄 木



閑さや岩にしみ入る蝉の声

蕉 芭



やれ打つな蝿が手をする足をする

一 茶



2.「虫」と呼ばれる動物たち

 「虫」と呼ばれる動物は、原生動物から節足動物まで広い範囲にわたる。エビ、カニは日本語では「虫」とは呼ばれないが、漢字で書けば蝦、蟹となるので、やはり中国では虫の一種とされているのであろう。このように、多くの動物を包含する呼び名は、英語やドイツ語には見当たらない。
 あまりにも「虫」と呼ばれる動物が多いが、「足のある虫」と「足のない虫」に大別することができる。「足のある虫」とは、昆虫や他の節足動物である。昆虫の特徴は6本足である。「足のない虫」も多いが、身近な「虫」は、何といっても、カイチュウや蟯虫などの人体寄生虫であろう。
 「虫」というと、通常セミやカブトムシ程度の大きさを思い浮かべることが多いが、なんと長さ10mを超えるサナダムシがおり(図1)、昆虫の蛾の一種ヨナクニサンでは、前翅の付け根から先端までの長さ(前翅長)が11cm以上もある。蝶ではニューギニア産のトリバネアゲハが世界最大の蝶で、雌の前翅長が120mm前後が普通であるが、135mmを超える個体も知られている。1884年頃、この蝶がヨーロッパ人に最初に発見されたときには、銃撃して捕らえられたとの話は有名である。
 小さい虫としては、原生動物がいる。ゾウリムシや夜光虫などは目を近づけてよく見ると、動いているのでその存在を肉眼でかろうじて見ることができるが、原生動物は、通常顕微鏡下でなければ見えない。また、昆虫では昆虫の卵に寄生する寄生蜂一種は、体長わずか0.14mmであるという。


3.進化の“鬼っ子”

 1909年8月30日、米国スミソニアン研究所の研究者が、カナダ側のロッキー山脈のバージェス山で、それまで知られていなかった甲殻類の動物のような化石を発見した。その発見者の名は、チャールス・D・ウォルコット(Charles Doolittle Walcott)。彼は有名な地質学者、古生物学者であった。1910~1913年まで、さらに1917年にも、彼は精力的に化石採集を行った。彼は化石群が含まれる地層をバージェス頁岩と命名した。この命名は、不朽の名を残すことになる。
 彼は、それまで全く知られていなかった何十種もの動物の化石を、このバージェス頁岩から発見した。バージェス頁岩は、今から5億7000万年前の古生代カンブリア期のものである。バージェス頁岩からの未知の動物化石群の発見は、世紀の大発見であったが、ウォルコットは、これらの化石のきわめて重大な意義には気付かなかった。彼はこれらの新発見の動物たちを、現在の地球上の動物のどれかの祖先として位置づけたのである。
 ケンブリッジ大学教授のウィティントンは、2人の研究者とともに、スミソニアン研究所に保管してあったバージェス頁岩から採集した標本を徹底的に検討した。そして、驚くべき大発見をした。現在の動物分類体系は、界(動物界)、門、網、目、科、種となっている。彼らは、これらの標本の動物には、現在の節足動物門には属さない節足動物、さらに、現在のいかなる門にも属さない動物をも確認した。カナダの科学イラストレーターであるマリアン・コリンズは、これらのバージェス頁岩動物の見事な復元図を発表している1)。オパビニア(opabinia)は類縁不明の節足動物で、体長約80mm、5個の眼を持っている。また、ハルキゲニア(hallucigenia)は体長約25mm、いずれの門にも属さない。体の上下前後もわからない奇妙な動物である。これらのバージェス頁岩の動物たちの生きている姿は、インターネットのホームページで、想像図として見ることができる。カンブリア期には、多くの生物が出現し、カンブリアン・エクスプロージョンとして知られている。その代表的な節足動物は三葉虫である(図2)。三葉虫は、現在の虫に似ているが、バージェス頁岩の動物はまことに奇妙な形のものが多い。これらの動物は、まさに生物進化の鬼っ子といえよう。


4.女性と「虫」

 一般的にいって、女性は「虫」がお嫌いなようである。もちろん、女性の優れた昆虫研究者はおられるが、それは少数派である。小さい男の子は車や電車など動くものに興味を持ち、女の子は花や人形に興味を持つものである。これは、世界共通のことであるという。虫を追っ掛け採集するのは男の子で、そのような行動をする女の子には出会ったことがない。私は、昆虫少年に対する昆虫少女というものはいないと思っていた。ところが、梅谷献二氏は、中国雲南省の大理市で、飼育するためにカイコを買う少女を昆虫少女として紹介しておられる3)
 有名な女性昆虫研究者は、12~14世紀に書かれた『堤中納言物語』に出てくる「虫愛ずる姫君」である。この女性は身分の高い貴族の姫君で、人の嫌がる毛虫を飼って、それがどんな風に変化するかを観察していた。姫君は、世間では蝶よ花よと外見の美しさのみ愛するが、本来の姿を追求することこそが大切だという信念を持っていた。約千年もの昔の姫君が、現代の自然科学の研究心を持っていたとは、大きな驚きである。
 昆虫少年が虫を追うのは、動くものが好きなことに加えて、ハンターとしての性質があると考える。雲南の昆虫少女や「虫愛ずる姫君」は、女性本来の養育する本能から育てるという点に興味を持ち、ハンターの昆虫少年と違うと思うが、どうであろうか。

参考文献
1)『このすばらしき生きものたち一カンブリア大爆発から人工生命の世紀ヘ―』(荒俣宏編、角川書店、1992)

2)『虫を食べる文化誌』(梅谷献二著、創森社、2004)


図1:広節裂頭条虫
出典:『図説人畜共通寄生虫症』
(宮崎一郎、藤幸治:九州大学出版会、1988無、415頁)



図2:三葉虫
出典:『化石』
(東海化石研究会編、北隆館発行、1995年、60頁)