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クリークの片隅で


岩田 淡水(佐賀市)


 私が釣りの対象とするヘラブナのふるさとは滋賀県の琵琶湖である。琵琶湖固有種のゲンゴロウブナがルーツで、このゲンゴロウブナを人工的に改良したのがヘラブナだ。明治時代、大阪の河内地方で大がかりに養殖、全国に出荷されるようになったため、カワチブナとも呼ばれているが、佐賀平野クリークや北山ダムにいるヘラブナは、佐賀市蓮池町の養魚家が昭和8年、琵琶湖産のゲンゴロウブナを親ブナとして改良し、佐賀の古い呼び名の栄(さかえ)を取って「栄ブナ」と命名、産卵フ化させた体長3センチの稚魚3万3千余匹を放流したのが始まり。いらい昭和39年まで県当局や内水面漁業協同組合などの手で放流が続けられ、環境に恵まれて在来のマブナをはるかにしのぐ旺盛な繁殖力で広がり、九州のヘラブナの宝庫といわれるまでの魚影となったものである。

 佐賀平野のたたずまいは近年、大きく変容した。大小迷路のようだったクリークが土地改良事業によって統廃合され、人間的サイズを超える直線の水路に画一化された。それと一緒にネコヤナギなど田園に彩りを添えていた木々の緑も消えてしまった。集落が緑のべ一ルを取りはずされて、不思議に遠く、そしてひとかたまりに見えるようになった。むかし、佐賀平野のクリークには「ヌクメ」という人工魚巣が設置してあった。ヌクメの語源は「温める」である。ぬくぬくと保護、温存するという意味だ。水落ち後ここに居着いたコイやフナを獲る堀干しと泥揚げは佐賀平野の農家の年中行事であり、風物詩でもあった。しかし、姿を消した。農業の変革、農村の生活様式の変化、都市生活者との混住化、それに伴う共同体の崩壊…時代の流れという言葉だけではすまされない寂しさを釣りが趣味の私は感ぜずにはおれない。

 あの浮き草のホテイアオイ。堀の片隅に浮かび、淡紫色の花を咲かせていた間は、可愛い気もあった。が、いまはどうだろう。汚れた水の栄養をたっぷり吸収して、ネズミ算式に大繁殖し、堀を占拠している。浮き草稼業の気ままさなんて、うっかり気を許した人間を嘲笑するかのようではないか。

 魚たちは本能的に敏感だ。こんな場所からは脱出する。だから堀によって魚影の濃淡が極端だ。釣りのポイント選びのヒントにはなるが、悲しいことである。自然のなかに自らを没し、魚たちと対話する釣り。私たちは佐賀平野のクリークをこよなく愛している。クリークを単にかんがい用水確保という「有限の価値」化するのではなく、水遊びや釣りを通して語らう「無限の価値」ある場として生かすことが大切ではないだろうか。


 (いわた・たんすい、本名・岩田誠、佐賀県内水面漁場管理委員、日本へら鮒釣研究会本部常任理事、同佐賀さかえ支部長)