読み物メニューへ

河畔歳時記


1月 鹿島市のフナ市

鹿島市周辺には「二十日正月」と呼ばれるえびす祭りに、タイの代わりにフナを供える風習がある。フナは昆布巻きにして一昼夜、ダイコンやゴボウなどとぐつぐつ煮込む「フナんこぐい」にする。その家庭独特の味付けがあり、豊作や無病息災を祈る。昆布の風味がしみこみ、骨までやわらかく煮えた「フナんこぐい」は代表的な郷土料理の一つだ。

前日の19日早朝、同市浜中町と新天町には300年前から続く「フナ市」が立ち、この材料を求める人々でにぎわう。たらいや箱舟に大小のフナを泳がせ「こっちが安かよ」「ピチピチしとっよ」と業者の威勢よい掛け声が街に響く。キロ当たり500円前後。主婦らは、たき火で暖を取りながら生きのいいフナを品定めする。

「フナんこぐい」用に生きのいいフナを求める客でにぎわう鹿島市のフナ市


2月 シロウオ漁

満ち潮に乗って産卵のために、川を上るシロウオ。鹿児島県・志布志湾から北海道南部まで、朝鮮半島南部にも生息。県内では2月初旬から漁が始まる。東松浦郡玄界町の有浦川では、河口に向かって扇状に広げた「簗(やな)」と呼ばれる仕掛けで生け捕る。簗で行く手をさえぎられたシロウオは、中央に集まり「獲りかご(うけ)」の中へ。引き上げると飴色で透き通った魚体が跳ねる。

やな漁は有浦川の他、浜玉町の玉島川、唐津市の半田川でも行われている。伊万里市の佐代川では以前はやな漁だったが、現在は四つ手網漁に代わった。


2月 松浦川のイダ(ウグイ)漁

伊万里市の大川町漁協(井手誠組合長、140人)が松浦川で行っている。例年なら2月中、下旬に始まる漁も、今年は昨年の渇水や年明けからの降雨不足の影響から不漁が続いた。ようやく4月下旬になって、まとまった雨が降り漁が本格化。対象になるのは、降海型のウグイ。産卵のため海から遡上してくるものを捕る。

組合員が事前に堰の下の浅瀬に作った産卵床には、体長40~50cm、オレンジ色の縦縞が鮮やかなイダの群れが集まってくる。産卵床の石は川原の日に当たって乾いたものを使う。川の中のコケの付いたものは卵が付着しないため、イダも集まらないという。

「魚は何でも知っているんですよ」と網から魚を取り上げる組合員。資源保護のため、その場で人工授精も行われ、ふ化した仔魚は放流されている。

イダは珍重されており、刺し身にして酢ぬたで食べるほか、独特のイダ飯がある。米が煮立ったころあいに、はらわたを抜いて水洗いしたイダを中に入れ、醤油を落とす。御飯をよく蒸したら、身だけ箸でしごいて取り、ほぐして混ぜ合わせる。なかなかの珍味という。


5月 エツ漁

エツは、5月から6月にかけて産卵のために筑後川を上ってくる。諸富橋近くでは小舟が約200mの川幅いっぱいに流し網を張り、これを待ち受ける。網を巻き上げると、銀色に光るナイフのような魚体が揺れる。網に掛かるとすぐ死んでしまうデリケートな魚だけに料理は鮮度が決め手。初夏の風に吹かれながら屋形舟で食べるエツ料理は格別だ。

特異な姿がアシの葉に似ていることから伝説も残る。その昔、初夏の激しい雨の日、筑後川の川べりに一人の旅の僧がたたずんでいた。貧しい身なりで、だれも相手にしなかった。見かねた老漁師が自分の舟で渡してくれた。この親切に、僧が岸辺のアシをちぎって川に流したら一匹の魚になった。この魚がエツで、後年、漁師はエツを捕って商いをし、幸福に暮らした。この僧は弘法大師だったという。また、不老長寿の秘薬を求めてやってきた中国・秦の徐福が、諸富に上陸する時に押しわけてできた片葉のアシの落ちた部分がエツになったとも伝えられる。

漁獲量は潮や風などに大きく左右されるが、河川改修や堰の建設、水質汚濁など環境の変化で近年激減している。地元の諸富漁協では人工授精卵の放流を行い対策に躍起だ。



12月 浜玉町のフナ食い祭り

東松浦郡浜玉町の岡口地区に、生きた寒ブナを丸ごと食べて無病息災を祈る「フナ食い祭り」がある。同地区の岡神社に伝わる奇習で、毎年12月の初午(はつうま)の日に行われている。「豊臣秀吉の太閤検地の際、この地を訪れた検地官が誤って土地の守り神である白蛇を殺したため大飢饉に襲われ疫病がはやった。この時フナを唯一の栄養源として食べ、飢えをしのいだ」との伝説が残り、約400年間続いている。

岡神社で神事を終えた後、持ち回りの座主の家に集まって行われる。フナはあらかじめ近くの玉島川、横田川で大小100匹ほどを捕獲し、流水で泥を吐かせておく。酒宴もたけなわになると、いよいよフナが登場。深鉢に泳ぐフナは元気いっぱい。箸でつかんで酢みそで食べるのだが、生きがよすぎて箸が使えず手づかみで口に運んだり、大きいフナを丸かじりする人もいて、笑い声が絶えず盛り上がる。

生きたフナを、箸や手づかみでほおばるフナ食い祭りの参加者