私は、幽霊、崇り、霊魂、背後霊、宇宙から飛来するUFOなど、そういったものの存在は一切信じない。しかし、これらの話は物凄く好きである。その理由は面白いからである。これらの怪奇現象と言われてきたものの一つに、人魂がある。人魂は、鬼火、狐火、火の玉などと呼ばれ、怪奇現象の一つとして、広く馴染みがある。子供の頃に、人魂の話に、震え上がった思い出を持つ人は多いであろう。私は、怪奇現象は別として、暗夜の中に発光するなにものかが存在するだろうと考えて、一度は、人魂を見たいものだと望んでいた。
高校2年生の時だったと思う。正確な時期は覚えていないが、春から夏にかけての、生温かい、雨がシトシトと降る夜で、全く、怪談にぴったりの天候であった。私は遅くまで受験勉強をしていた。疲れたので雨戸を開けて外をみた。すると、約10m離れた小さい流れの上あたりで、くるみの大きさ程度の青白い光が、2、3個ぼうーと見えるではないか。しかも、それらの燐光は少しずつ移動している。やや、はっきり見えたり消えたりもする。ああ、これが世に言う人魂かと思い、暫く様子を見ていた。個々の燐光は消えたり見えたりするが、全部の燐光が消え去ることはない。よし、人魂を捕まえてやろうと思って、私は、懐中電灯、捕虫網、ピンセット、瓶をもって、下駄を履いて雨の中を厭わず、ゆっくり燐光に近づいていった。
近づくにつれて、燐光がはっきりする。移動する燐光があることは間違いない。私は、捕虫網を構えて進んだ。すぐ、傍にくると、燐光は流れの石垣の上から出て、盛んに移動しているのが分かった。何かがいるらしい。私は、さっと懐中電灯を照らしてみた。なんと、そこに見たのは、ゲンジボタルの幼虫であった、石垣の所に、幼虫が沢山いて動き回っている。“幽霊の正体みたり、枯れ尾花”ではないが、燐光の正体はゲンジボタルの幼虫であった。
ホタルの幼虫を人魂に間違うなんて、どうかしていると思うかもしれないが、これは事実である。私は、今度は逆に流れから離れて行った。数m離れると個々の幼虫の姿は見えないし、数匹の幼虫の光が一緒になったり離れたりする。光だけが水面に映って幼虫の移動とともに光が移動し、雨の効果もあって、まさに、見事に動いている人魂の姿を演じていた。他の人々に見せる機会が無くて、非常に残念であったが、自然が演出した見事な舞台装置であった。
火の玉や人魂は昔から人々の間に語り継がれ、長い間の謎であったが、近年、早稲田大学の大槻義彦教授によって科学的に研究された。同教授は実験を基にして、火の玉の正体は大気電気の異常な乱れによって発生するプラズマ発光体によるものであると主張されている。プラズマとは、電気を帯びた粒子、すなわち原子や分子が壊れた状態を指す。人魂は火の玉と同じものだそうである。この研究は真に素晴らしいものであると思う。
人魂の大部分は、プラズマ発光体で説明できるものであろうが、しかし、これまで目撃された、所謂人魂といわれる暗夜に光るものの中には、生物の発光によるものが含まれている可能性がある、私の経験は、そのような例の一つであると言えよう。