「オジさん魚見せてぇ」。古川国夫さんが営むケーキ屋さんは、淡水魚のミニ水族館として近所でも有名。小学校の校門前にあるお陰で、下校時に必ず立ち寄る"常連"の子もいる。「この歳になって子供の友達のいっぱいできたよ」と、古川さんも予期せぬ"お魚効果"を喜ぶ。しかし、古川さんはただの魚マニアではない。なんと、三十数種類・数百匹に及ぶ淡水魚の大半を自分で捕まえたのだ。
店が閉まる夜7時、古川さんは”漁師"に変身する。漁場は多布施川上流一帯。胴長を着て投げ網、バケツを持てば、だれもケーキ屋さんとは分からない。川に着くころには辺りはもう真っ暗。古川さんは水量と濁り具合をチェックすると、「円盤投げの要領」でエイヤッと網を放つ。網は生き物のようにしなやかに、魚たちを包囲する。
婚姻色が美しいアブラボテ、横に1本走った黒い線がダンディなムギツク、タナゴの仲間で最も大きいカネヒラなどがきらきらと光りながら上がってくる。ときには上流の北山ダムから流されたらしいワカサギやブラックバス、下流から上ってきたウナギも姿を見せるという。網には、人の手に触れただけで死んでしまう稚魚もまぎれ込む。「なるべく生かして返しやりたかけんね」と、古川さんはスプーンとナイフで根気よくすくい取り、彼らを川に返している。「そんなに捕って大丈夫?」。そんな疑問も古川さんの漁を見れば安心に変わる。
護岸工事が進み、多布施川上流の景色は一変した。ツルリとした石とコンクリートの護岸は魚たちにはつらい環境だ。ところが、たまたま残った古い堰、流れを弱める捨て石などのちょっとした場所がオアシスとなり、アリアケギバチやオヤニラミなど貴重な魚が絶滅を免れた。古川さんはたまたまそこに網を打ち、生息確認のきっかけをつくった。
公園化された河川敷にはいろんな人がいろんな目的でやってくる。中高生はジョギングに、家族連れはバーベキューに、若者は暗がりで愛を語りに…。しかし、"川"そのものと接している人の何と少ないことか。古川さんは今日も水に一番近い所で、川の自然と向き合っている。