佐賀むし通信7

胡蝶の夢


 古代においては、夢は神秘な現象で将来を予言するものと考えられ、いわゆる夢占いが重んじられていた。夢についての画期的な科学的研究を発表したのは、1900年に、「夢解釈」を発表したフロイドとされている。また、ユングは夢は人が精神活動を行ってゆく上で、重要な役割を担っているとした1)。人はいつ夢を見るのであろうか?
 この問題は、アセリンスキーとクライトマンによるREM睡眠(逆説睡眠)発見により解明された2)。REM睡眠とは、頻発する急速な眼球運動、低振幅速波の脳波、筋肉の筋緊張の低下が出現する睡眠の時期である。REM睡眠は、約90分おきに、一夜に4~5回出現し、合計は約2時間である。人は、このREM睡眠の時期に夢をみることが、明らかになった。ついでに述べると、昔から怪奇現象のひとつとされてきた、いわゆる“金縛り”もREM睡眠の事実で解明されている。まあ、夢についての固苦しい話は、これくらいにして本題に戻ろう。
 虫屋なら、誰でも虫の夢をみるのが自然である。どんな夢をみるのか、虫屋の方達に聞いてみれば、多分、面白い話が集められるであろう。私も少年時代から、ずっと現在まで蝶の夢をみる。その夢を辿ってみれば、一定の傾向があるようである。私の夢に出てくる蝶はゼフィルス(ミドリシジミの類)と、現実には存在しない蝶が多い。夢の中では、沢山のゼフィルスが私の身の回りを飛び回る。その土地は、九州であったり東北であったりする。少年の日から、ゼフィルスに憧れ続けたから、このような夢を見るのであろう。私とゼフィルスとの最初の出会いは、九州の九重山であったが、その時は木々を叩いてゼフィルスを採集するのが主であった。沢山のゼフィルスが身の回りを飛び回るのは、岩手県に行ってはじめて経験した。その時の強い印象が、夢となって私を楽しませてくれるのであろう。
 次に夢の中にしばしば出現するのが、枯れ葉に似た蝶である。毎回、同じではないが、コノハチョウやコノマチョウのような形の蝶ではない。羽を開いて止まる蛾のような蝶である。春の日に、桜の木にくる普通の蝶を追っているようなとき、どこからか枯れ葉に似た蝶がさっと飛来してくるのがいつものパターンである。採集できたり、逃げられたりするが、私は夢の中で、初めての出会いに感激し、一生懸命種類は何だろうかと思って目が覚める。勿論、このような蝶は地球上に存在しない。蝶採集を始めて初期の頃、アカタテハやキタテハを追っているときに、どこからか赤みを帯びたヒョウモンが飛来し、逃げられた経験が何回もある。今思えば、それはメスグロヒョウモンの雄ではなかったかと考えられる。この蝶が、私の夢の中で、枯れ葉と化して出現するのであろうか。夢の中で、美しい花にくる蝶を追っているとき、ふと目撃したり採集するのが迷蝶である。それも、南方系のタテハか、シロチョウのことが多い。その殆どが現実に存在しない形態、色彩の蝶である。しかも、1頭ではなく沢山目撃し、何だ、この迷蝶はここには沢山いるのだ、とその発見を喜んでいる中に目が覚める。これは、蝶屋が誰でも持つ迷蝶の憧れが潜在意識となり、夢で出てくるのだろう。しかし、なぜ現実に存在しない蝶ばかりが出て来るのか、その点は解釈出来ない。
 最初に述べたように、夢はREM睡眠時にみるので、REM睡眠の存在がはっきりしているイヌやネコも、当然夢をみると考えられる。それでは蝶はどうか。蝶の脳からも脳波を記録した研究があると、同級生の前山隆太郎博士が教えてくれた。蝶にREM睡眠があるか、どうかは知らないが、もし、それがあれば蝶も夢をみることになる。それは、まさに胡蝶の夢である。その場合夢に出てくるものは、食草、花、異性の蝶などであろうと思われる。

1)渥美義賢、融 道男 : 夢について. 中外医薬、46:299-303、1993.
2)Aserinsky E,Kleitman N:Regularly occuring periods of eye motility and concomitant phenomena during sleep. Science, 118:273274,1953.