1983年夏、著者はタイ国北部に、約1カ月滞在して、蝶採集ならびに野外での蝶撮影の機会を得た。その場所は、チェンマイ大学構内ならびに、チェンライ県の一部である。タイ国北部は蝶の宝庫ともされ多くの美しい蝶と出会うことができた。ここに、その採集記を記録する。
July 12、1983
バンコックから空路チェンマイに着く。タイ国に来て、初めて近くに山を見る。チェンマイ大学の宿舎に入る。チェンマイ大学は、8000エーカーもある広大な敷地をもっており、そのキャンパスの中には森があり大きな池があって、至る所に美しい花が咲いている場所があり、その豊かな自然環境は真に素晴らしい。
宿舎に到着したのは、もう17時過ぎであったが、宿舎のまわりに咲いている赤い花に白斑の大きなナガサキアゲハが1頭来ていた。また、数頭以上のオナシアゲハがひっきりなしに、その花に訪れていた。
July 16、1983
チェンライ県メーハー村の診療所に行く。診療所の裏は低い山になっている。ネットを持って山に登って行く。人家の横の小道に大きな褐色のタテハが止まっているではないか。急いで網をふる。捕獲成功!あとで調べたら、Vindarla erotaであった。夕方、チェンライ市の宿舎の庭で、オナシアゲハを撮影した。
July 17、1983
チェンライ県メーハー村の診療所に行く。診療所の裏は低い山になっている。ネットを持って山に登って行く。人家の横の小道に大きな褐色のタテハが止まっているではないか。急いで網をふる。捕獲成功!あとで調べたら、Vindarla erotaであった。夕方、チェンライ市の宿舎の庭で、オナシアゲハを撮影した。
July 17、1983
メーサイの町を訪問する。ここは、タイ国の最北端で、川を挟んでビルマ(現ミャンマー)の国境に接する所である。川岸の木に、ベニモンシロチョウ(Delias hyparete)が飛んでいるのが印象的であった。帰りに、Fish Caveという所を訪問する。
池のほとりに、沢山の白い蝶がいた。容易に採集する。これは、カワカミシロチョウ(Apias albina)であった。また、テングチョウ科の1種(Libythea myrrha sanguinalis)を1頭採集した。1頭の美しいマダラチョウの類、多分、Euploeaの1種と思われる蝶が飛来した。網をふりながら、かなり格闘したが、とうとう取り逃がしてしまった。
July 20、1983
13時30分頃、メーハー村の診療所の小高い裏山に行く。古びた小屋があり、その横の土の上に、大きなタテハが1頭いた。上から網を被せて捕獲する。トラフタテハ(Parthenos sylvia)である。本種は、日本では、1961年に、沖縄で1頭のオスが迷蝶として採集されているが、台湾には分布しない。
小道を歩いている中に、長い尾状突起がある橙色のシジミに出会い、容易に採集する。もちろん、始めてみる種類だ。後で調べたところでは、(Loxura cassiopeia cassiopeia)であった。本種も台湾には分布しない。夕方、再びこの近くで、キマダラルリツバメ(Spindasis tahanonis)と同じ属のタイワンフタオツバメ(spindasis lohita)を1頭採集した。本種は台湾に産する。近縁種であるミツボシフタオツバメ(Spindasis syama)も台湾にもタイ国にも分布する。
July 22、1983
9時30分頃から山に入る。目的は肺吸虫(Paragonimus)の第2中間宿主であるサワガニの採集である。最も蝶採集に恵まれた機会であるので張り切って出発する。藪の中の小道を通ると、まずシロオビヒカゲ(Lethe eurapa)に出会い、これを採集する。シロオビヒカゲは、わが国では八重山諸島の石垣島と西表島のみに分布し、その亜種名は(Lethe europa pavida)である。本種は多くの亜種に分類されており、今回採集した亜種は(Lethe europa niladana)と同定された。
沢を進んで途中休んでいると、目の前にアオスジアゲハ、ミカドアゲハが飛来する。網を振ったが、取り逃がしてしまう。さらに沢を進んで、日陰の場所に来たとき、1頭のシジミが来て、近くの葉に止まった。
翅の裏面は全体に黄色で、後翅の後縁には赤い帯がある。とにかく、初めてみる種だ。網をふる。採集成功。蝶を網から取り出してみると、傷んではいない。極めて珍しい種類ではないだろうかと期待する。後で調べてみると、なんと、これは、普通種のウラフチベニシジミ(ベニモンシジミ、Heliophoras epicles)の1亜種で、(Heliophorus epicles indicus)であった。
本種はRiley(1929)により、7亜種に分けられているという。帰路に、速く飛ぶアオスジアゲハ属(Graphium)と思って採集した1頭は、なんと、フタオチョウのPolyura arja arjaだったのは、大きな収穫であった。やはり、山に入った甲斐があって、この日は蝶採集には最も恵まれた日であった。
July 23、1983
メーハー村の診療所の小高い裏山で、アオタテハモドキ、タテハモドキ、Loxura cassiopeia cassiopeiaなどを撮影した。なお、キシタアゲハらしい蝶1頭を目撃する。キシタアゲハは、その後、チェンライ市内で採集することができた。
August 7、1983
われわれの仕事も無事終わって、いよいよ、チェンマイに帰ることになる。車でチェンライを出発する。途中、おもいがけなく、Ban Pa Aieという所にある山の中の診療所に立ち寄る。
診療所の門の所に、一見、ツマグロヒョウモンに似ている、Cothosia cyaneと、ナガサキアゲハが飛んでいた。網は別の車に入れていたので、仕方無く、これら両種を手で捕獲した。同場所で、10時15分から、ちょうど2時間滞在したが、少なくとも、20種以上飛来したのを目撃した。網を手元に持っていなかったのが悔やまれてならない。
チェンマイには午後到着した。宿舎の前の高い木に、今まで見たこともない、白い尾の長いシジミが多数いる。なかなか、下には下りてこない。その中、やっと、1頭採集した。Neomyrinanivea niveaという種類で、図鑑にはrareと書いてある。その後かなりの時間ねばったが、とうとうそれ以外は採集できなかった。
(ちょうちょう9巻5号1986年)