1981年7月から8月にかけて、米国フロリダ州に滞在する機会があった。
私にとって、今回の米国訪問は1964年から1965年にかけてハワイ大学留学をはじめとして4回目になる。フロリダ訪問は今回は2度目で、最初は1969年、タンパ近くの親友を訪問して、そこに1週間滞在した。その時、近くの公園で短時間に多くの蝶に出会い、それらの何頭かを採集し今も標本として保存している。
その時の経験から、フロリダに2ヶ月近くも滞在するならば、かなりの蝶にめぐりあえるかもしれないと私は大きな期待を抱いた。私は現在、蝶の採集は全くといっていいほど行っておらず、もっぱら野外における蝶の撮影を行っている。今回も、仕事の余暇を利用してフロリダの蝶を撮影するため、愛用のカメラを持参した。
1981年6月30日
佐賀の自宅を出る時はひどい雨であった。14時25分JAL80便で福岡空港を出発、成田に向かう。成田空港ではあまり待つことなくJAL002便に乗り込み18時10分離陸、同日10時30分頃サンフランシスコに到着。空港近くのホテルにチェックインした。15時頃、ホテルの横のブーゲンビリアによく似た花にスオローテール(Swallowtail、キアゲハの類)が2、3頭来ていた。
7月1日
朝7時にサンフランシスコ空港を出発し、途中、アトランタで乗り換え、夕方6時20分、やっと目的のフロリダ州のゲインズビルに着く。同地はみわたす限り平地で、樹木は亜熱帯や熱帯性のものである。蝶は1頭も見なかった。
7月2日
フロリダ大学に行く。構内は広い。黄色い蝶が1頭構内を飛んでいた。
7月6日
フロリダ大学動物学教室を訪問し、蝶の研究者として知られているエミール博士とブローワー博士に逢う。ブローワー博士は自作のオオカバマダラ(Monarch)の映画をみせてくれる。オオカバマダラのもつ食草milkweedに由来する毒性物質の研究は大変興味があり、また、ものすごい数のオオカバマダラがメキシコの山中に乱舞する姿は表現しようのないぐらい壮厳であった。
7月7日
エミール博士とブローワー博士の好意で、大学院生のエリアザー君と他の2人の大学生が私を車で郊外につれて行ってくれる。外はものすごく暑く日本の夏の比ではない。いつも蝶が多いという湖のほとりに行ったが、蝶の姿は全くみられない。別の場所に行くと、やっとキチョウ(Sulphur)の一種、ジャイアント・スオローテール(Giant Swallowtail)、タイガー・スオローテール(Tiger Swallowtail)、Checkered White、Gulf Fritillaryがとんでおり、これらを撮影した。
キチョウの一種は多分、メキシカン・イエローではないかと思うが自信はない。日本のキチョウや、スジボソヤマキチョウと同様に、水を求めて多数の個体が集まるのを確認した。タイガー・スオローテールは運よくちょうど目の前の花に止まった。急いで近付くと近付き過ぎたが、もう時間の余裕もないのでシャッターを押した。
7月11日
日曜日なので朝ゆっくり起きて、10時頃宿舎のまわりを歩く。ジャイアント・スオローテールを目撃したが、撮影できなかった。池のほとりで、Viceroyを撮影する。
7月24日
今回の渡米の目的のひとつであった1週間の研修コースを終えた。そのコースはかなりハードスケジュールなもので全く疲れはてた。しかし、やっと終えた満足感はあった。前から約束していた通り、午後6時にフランク博士が私を迎えに来てくれた。フランク博士は昆虫学者で、蚊の専門家である。1980年、わが国で行われた国際学会に出席され、その後、蚊の専門家である茂木幹義博士の家を訪問された。そのとき以来の出会いである。
今回は週末を利用して、私をここゲインズビユから車で数時間もかかるマイアミに近いベロビーチの彼の家に連れて行こうというわけである。ゲインズビユで夕食して彼の運転で出発、私はその日までのコースの疲れでほとんど車中は眠っていた。彼の家に着いたのはちょうど真夜中であった。
7月25日
フランク博士につれられて彼の勤務地であるMedical Entomology Laboratoryに行く。ここは、フロリダ大学の附属研究所になっている。研究所の裏のジャングルに入ってゆく。ちょうど、ターザン映画に出てくるシーンそっくりである。蚊の多いのに閉口する。蚊の研究所がここに設立されている理由がうなづける。
白い蝶がいるが種名は判断できない、Buckeyeがかなりとんでいる。研究所に帰り、構内の林に入る。ここでは時々あるゼブラ(Zebra)がみられるという。1時間以上探したがとうとうゼブラに出会わず残念。
7月26日
朝から研究所の裏のジャングルに行く。Buckeye、白い蝶、セセリチョウの一種を撮影した。午後、研究所長の自宅の庭に行く。庭には多くの花が咲いていた。見事なジャイアント・スオローテールがとんできたので撮影する。夕方はGillman家に招待された。奥様は日本人でしかも福岡の方。日本食をご馳走になる。大変豪華な食事で、久し振りの日本食に感激した。
7月27日
朝7時40分頃、フランク博士の運転で家を出る。カナダの昆虫学者と3人で、フロリダ半島のちょうど反対側のメキシコ海岸のSarasotaにある有名な蝶の博物館を訪問するためである。フランク博士が運転する。行けども行けども同じような景色が続く。オレンジの畑の広大さに驚く。途中、植物園に寄って、ワニ(アリゲーター)をみたりして、昼過ぎやっとSarasotaの街に入る。約束の時間をかなり過ぎてAllyn Museumに到着した。
この博物館は実業家であるAllyn氏が創立した個人のものであるが、近くフロリダ大学に移管されるとの由である。館長に紹介される。館長Allyn氏は穏やかな老紳士で、日本から見学に来たことに大変喜んで館内を案内して下さった。この博物館は標本の保存のみでなく、プロフェッショナルの昆虫学者が何人もいて、蝶の研究を行っており、館長自身も電子顕微鏡を用いて蝶の鱗粉の形態学的研究を行っておられる。館内には約85万の世界中の蝶の標本が保存されている。未整理の標本室には、みたこともないような蝶が展翅板にのせられてあった。
岡野磨瑳郎岩手大学教授のキシタアゲハ(Troides)の研究に興味をもっていたので、世界中のキシタアゲハの標本をみせていただいた。図書室にはたくさんの文献があり、その中には日本の図鑑もあった。私達はさめやらぬ感激で博物館を去り、その日の夕方、私はフランク博士とわかれて、1人でバスに乗り、再びゲインズビレに帰った。到着した時は0時を過ぎていた。
7月29日
宿舎の近くの橋の上でSkipperを撮影した。キマダラヒカゲに似たのがいて、撮影を試みたが失敗した。
8月1日
フロリダ大学構内の池の近くでGulf Fritillary、Long-tailed Skipperを撮影した。
メキシコ北部を含めて、北アメリカには約700種の蝶がいるといわれる。1970年、フロリダ訪問の経験から、今回は1ヶ月以上もフロリダに滞在するので、かなりの蝶に出会う機会があるだろうとおおいに期待して出発した。ところが運悪く蝶の少ない季節であって、1カ所に多くの蝶がいる光景を目撃することがなく、また、今回はじめて見る蝶の種類はほんのわずか、数種にしか過ぎなかった。
しかし、フロリダ大学でエミール博士、ブローワー博士にオオカバマダラのすばらしい映画をみせてもらったことや、野外に連れて行ってもらったことは予想外の好運であった。また、珍蝶ゼブラはみることができなかったけれども、フランク博士にフロリダの大自然を案内してもらったときは、少年の日の昔にかえったようで嬉しかった。
Allyn Museum of Entomologyを訪問できたことも大きな収穫であった。一度は、このような素晴らしい博物館を訪問してみたいと、長い間夢みていたからである。
(北九州の昆蟲 第30巻・第1号 1983年2月発行)