無視できない虫の話611

川は流れる


1.渡し船

 今から約半世紀も前のことである。その日、東京を発つ時心配だった雨はとっくに止み、空はからりと晴れて、広い平野の彼方には遠く福島県の山々が見える。その山の上には、夏らしい積雲が姿を現している。50年来といわれる洪水の名残のためか、阿賀野川は黄色くにごって流れている。今、1艘の渡し船は岸を離れて川の上を静かに進んでいる。
 私は、学生時代にダニの類「ツツガムシ(志虫)」の種類や季節的消長を調べてゆくにつれて、次第にツツガムシにはまりこんでいった。そして、東北地方の古典的ツツガムシ病を媒介する、「アカツツガムシ」(図1)が住む有毒地を訪ねたいという願いがエスカレートしていった。このようなわけで、東京でのインターンの夏休みを利用して、はるばる阿賀野川に来たのであった。船を漕いでいるのは、佐々 学先生から紹介いただいた中川佐一郎さんである。
 「最初に川村先生をこうしてご案内して、中州に渡ったのは、私が30歳になったばかりの頃でした。もうあれから40年以上になりますなあ」と言って、72歳とは思えない元気な中川さんは、私の知らない大正、昭和の初期の時代を語り始めてくれた。

2.ツツガムシとツツガムシ病

 チグリス・ユーフラテス川の例を挙げるまでもなく、人類の文明は大河のほとりに興った。わが国も例外ではない。川のほとりでは、文明の発祥とともに、そこに風土病が発生する。わが国の恐ろしい河川流域の風土病としては、日本住血吸虫症、ツツガムシ病がある。ツツガムシ病の研究は、日本医学が世界に誇る業績の一つである。病原体の発見、臨床、感染経路、疫学は、日本人学者によって解明された。
 病原体(図2)は、最近までリケッチアの一種とされていたが、現在では属が異なり、オリエンチア属とされ、Orientia tsutsugamushiと命名されている。臨床症状は、発熱、発疹、刺し口(図3)が主要症状である。発熱は39~40度に達し、激しい頭痛、悪寒、全身倦怠、食欲不振、筋肉痛、関節痛、結膜充血、咽頭発赤、下痢、嘔吐等が起こる。約2週間の弛張熱、またはけいりゅう熱が出現した後、次第に解熱する。
 発疹は、2~5病日に出現する。直径5mm前後で、紅斑性、丘疹性で、全身に出現するが、胸、腹、背部が好発部位である。これらの発疹は7日程度で消退し始めるが、重症例では出血性になることもある。ツツガムシの刺し口は、通常1個で、体幹、腋窩、陰部などに見られ、約10mm程度の黒褐色の痂皮を生じ、その周辺には、発赤と腫脹がある。刺し口の痛みは、ほとんどないとされている。刺しロの所属リンパ節の腫脹がみられ、全身のリンパ節の腫脹は約半数に見られるという。重症例では、DICによる出血傾向、髄膜刺激症状、高度の意識障害、けいれんなどの中枢神経症状、肝障害による黄疸の出現、血圧低下、肺炎などを合併する。不適切な治療では、血管内皮細胞に病原体が増殖し、全身の血管が障害され、心、脳障害、DIC、多臓器不全などで死亡する。診断は、刺し口の確認とともに、血清中の特異抗体の陽生、病原体のDNA検出などである。治療は、テトラサイクリン系の抗生剤が第1選択薬である。
 ツツガムシは、節足動物のダニ類に属する。この虫は、幼虫から成長するためには、ネズミやヒトなどの哺乳動物の体液を吸わねばならない。哺乳動物の体液を吸うのは、幼虫の時の1回だけである。多くのツツガムシは病原体を持たないが、少数のツツガムシはツツガムシ病の病原体を持っているので、これらの虫に刺されたネズミやヒトは、ツツガムシ病に感染する。1匹のツツガムシが何人ものヒトを感染させることはない。また、この病気はヒトからヒトへは感染せず、ネズミからも感染しない。病原体はツツガムシの卵→幼虫→若虫→成虫という発育環の中で保有され、ツツガムシの親から子へと代々受け継がれてゆく。病原体を持ったツツガムシは、ある範囲に群がって生息している(有毒地)。ツツガムシの種類は、日本からは91種が知られており、ヒトにツツガムシ病を媒介するのは、アカツツガムシ(Leptotrombidium akamushi)、フトゲツツガムシ(L.pallidum)、タテツツガムシ(L.scutellane・図4)の3種である。アカツツガムシは夏期(7~8月)、タテツツガムシは秋期(10~12月初旬)、フトゲツツガムシは春期(4~6月)と秋期(10~11月)の年2回、それぞれ幼虫が発生する。幼虫の出現する時期と患者発生時期は一致する。ツツガムシ病は、東北地方の河川流域、すなわち、新潟県の信濃川、阿賀野川、山形県の最上川、秋田県の雄物川の流域に、夏期(7~9月)に発生する風土病として、古くから知られていた。ところが、その後ツツガムシ病はシベリア沿海州などに広く存在することが判明した。東南アジアでは、草原熱(scrub typhus)と呼ばれている。
 第二次世界大戦後、ツツガムシ病は富士山麓、伊豆七島など、沖縄と北海道を除く全国に存在することが明らかになった。東北地方の古典的ツツガムシ病に対して、これらは新型ツツガムシ病と呼ばれる。

3.「川村中州」

 渡し船の目指す所は、葦が生い茂った中州である。この中州こそ、新潟医専の教授(後に慶鷹義塾大学教授)であった川村麟也博士が、初めてこの地で研究を行い、数々の貴重な業績を生んだ中州で、「川村中州」として、研究者の間で世界に知られた場所である。
 この「川村中州」を取り巻いて流れる阿賀野川の流れは、幾世紀にわたる住民のツツガムシ病に対する恐怖と死者の恨みと、この疾患に対して解明に努力した研究の歴史を流しているのだ。私は船の上であの山々を見ながら、中州に渡っていった若い研究者とその時代のイメージを水面に描くのだった。
 「この船で、私は何回たくさんの先生方をお運びしたか分かりません。佐々先生や、朝比奈先生、北岡先生、伊藤先生もお運びしました。特に、佐々先生は、3年間も毎年続けてお出でになり、熱心に研究なさいました」と中川さんは語り続ける。
 川村博士は、最初現場での研究補助者を求めて村に来られたが、その仕事の恐ろしさゆえに、誰一人応募しなかった。中川さんは体が弱く、当時の徴兵検査に合格しなかった。なにしろ富国強兵の時代である。中川さんは、仲間が兵隊になるのに肩身の狭い思いであった。熟慮の末、「自分は体が弱く、兵隊となってもお国のために尽くせない。この仕事を引き受けて、ツツガムシ病に罹って死んでも、それは戦死したと同じではないか。誰も引き受けないなら、自分が引き受けよう」と決心して申し出た。明治生まれの気概が感じられる。中川さんは、感染の恐怖の中で毎日仕事をしていた。幸いにして、「川村中州」では川村博士考案の予防衣のおかげで、一人の犠牲者も出なかったが、死の恐怖は少しも薄らぐことはなかった。ツツガムシ病研究は、最も多くの感染犠牲者が出た研究といわれている。実際に、着任わずか2年の西部増治郎教授をはじめ、4人の犠牲者が出ている。この事実からも、その仕事の恐ろしさが分かる。妻のスイさんも、夫の仕事を手伝うようになった。2人には幾多の感謝状が贈られている。最初、中川さんはこの仕事は何週間か、あるいは長くとも2、3か月だと思っていたが、なんと44年も続くとは夢にも思わなかったそうである。今、船を漕いでいる中川さんの顔には、44年の長き日を自分の信念に生き、これまでやってきた仕事の誇りと満足感が表れているのだった。

4.アカツツガムシを採る

 中川さんの話に聞き入っている間に、もう「川村中州」は目の前に迫ってきた。中州は、葦が一面に生えているやや広い土地である。滑り込むように、船は中州の砂地に着いた。「上陸だ」私はそう叫んで船から飛び下りた。ついに目的地の第一歩を踏んだのだ。中川さんは船を繋いで、スイさんとともにゆうゆうと船を降りてきた。私は予防薬を手足につけてから、中州の地面をじっと見た。ある、ある、鼠穴が。早速、3人は芋を付けたネズミ取り用のパチンコを穴の出口に並べ始める。私もパチンコを仕掛けるのに自信があったが、中川さん夫婦には及ばない。翌朝、再びここに来てパチンコを回収するわけである。
 その日は、中川さんの家に泊めてもらう。帰ってから、風呂を使わせてもらったが、この風呂はかつて川村博士が気楽に汗を流された風呂だそうである。その夜はゆっくり休んで、翌朝早く船で「川村中州」に向かう。中川さんが船を繋いでいるが、それすらもどかしく、私は船を飛び降り、パチンコを仕掛けた場所に走っていった。パチンコにネズミが掛かっていた。ハタネズミだ。ネズミの耳殻に目を近づけてみる。耳殻内に動いている数個の橙赤色の小さい斑点。顕微鏡で見なければ断定出来ないが、ここで捕れたハタネズミの耳殻に寄生しているのは、まずアカツツガムシに間違いない。「これです、これです」と中川さんも認めてくれる。今こそ、有名な有毒地に踏み入り、アカツツガムシを自らの手で採集したのだ。この喜びと感激は大きかった。
 私は、この地に来るのに、役場から自転車を借りてきていたので、帰りも、その自転車に採集したネズミとパチンコを積んで、長い長い阿賀野川の堤防をペダルを踏んで走った。私は、何度か自転車を止めては、だんだん遠ざかってゆく「川村中州」を振り返ってみるのだった。この日の出来事が、今、まるで昨日のことのように鮮明に思い出される。




図1:ツツガムシの幼虫
左より、アカツツガムシ、タテツツガムシ、フトゲツツガムシ(鈴木博原図)出典:『皮膚疾患をおこす虫と海生動物の図鑑』(大滝倫子、篠永哲:協和企画、2000)



図2:ツツガムシ病の病原体



図3:ツツガムシ病の刺し口
出典:『皮膚疾患をおこす虫と海生動物の図鑑』(大滝倫子、篠永哲:協和企画、2000)



図4:タテツツガムシ